
在日コリアンの物語で分かるようになるパリ郊外の危機
祖国、または母国。グローバル化が進む中で、国境線が消えかけてきたと同様に、その単語の意味が薄れてきたとはいえ、大体の人にとってそれは未だにたった一つの国に相当するだろう。
極当たり前のようには聞こえても、現実ではそんな簡単には行かない。何が基準なのかが分からなくなるほど、例外的なケースがあまりにも多いからだ。
主人公の杉原もその中の一人。日本生まれの日本育ちでありながらも、「日本国籍」を持たない。いわゆる在日コリアンである。「生粋」な日本人と同じ空気を吸い、同じ言葉で喋ってはいるのに、ルーツが違うからという少々不条理な理由で国から差別的な扱いを受ける。韓国人の血が汚いと言われて育った女の子に恋に落ちてから、杉原は自分のアイデンティティの複雑さにさらに苛まれることになる。
脱植民地化を経て、フランスに「移民」してきた北アフリカ人の子供たち、或いはその子供の子供たちは、フランスの「国籍」を自動的に与えられたにも関わらず、代々の両親もフランス人だった人と違うふうに扱われ、「疎外感」を感じるらしい。
時には国のシンボルである警察に暴言を吐き、時には暴動という凄まじい形で反発する。一方、先祖の国の生活習慣や宗教が違う訳で、同じ国に住んでいても「大半」と違うライフスタイルになり、住民間にもしょっちゅう摩擦が生じる。難民到来でさらに敏感になったアイデンティティ問題は、「我らが囚われている「固定概念」が変わらない限り、解決されないだろうが、固定概念を覆すように時間に任せる他は、杉原のような人の話に我々はもっと耳を傾けるべきだろうな。
著者 : 金城一紀
出版社 : 講談社
Noisette Press 51号 (2018/04)




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