カオスを追い払うことに関する文化の違い

聖書を開いてみると、「最初にカオスがある」とは書いてある。最初というのは、まだSMAPが解散どころか、結成していなかった天地創造前という遥かな昔を指す曖昧な言い方だが、注意すべきなのはそこではない。「カオス」は古代ギリシャ語由来の言葉だとはいえ、未だに仏語をはじめ、大抵の言語で「混沌した状態」に相当する。例えば、テロや天変地異で町が機能しなくなる時、或いは単純に仕事や子育てで暇がなく、家の中が散らかっている時に「もはやカオスです」と我々が呆れて言うのだ。

天災や自爆には打つ手があまりない事に対し、掃除できてない家をどうにかできる方法はいくらでもある。自分でやってしまう他、機械好きの人にはロボット掃除機に頼る選択もあるし、少々怠けたい者の場合は家政婦を雇えば問題が解決。

ただし、この消費社会では「物」が溢れる訳で、掃除されてもなかなか片付けてあるように見えない家は、少なくないだろう。それで悩む人がいるからこそ、必然に「整理の仕方」を教える自己啓発書が出回り、時にはミリオンセラーにもなる。ネットフリックスで取り上げられた近藤麻理恵のエッセーは正にその一冊である。

片付けが苦手な人に衣類、書類や小物類などの「人生がときめく片付けの魔法」を提供するという、本人の名前からきた「コンマリメソッド」には賛否両論がありながらも、フランスでもとんでもない反響を呼んだ。

知識人の象徴である「本」を容赦なく捨てる行為に深い違和感を感じ、持ち物を必要・不要で分けるミニマリズムに反発する声が多い中、妙に異文化に対する不理解力も伺える。お世話になる家に向かって挨拶することや、処分される物をちゃんと一個ずつそっと触ることが大事だと説く近藤麻理恵を見下す書き込みは特に多いのだ。神道の価値観がパリまで共有されてないことに誰も驚かないが、神が六日間でカオスを追い払い世界と動植物と人間を創造したと長い間にずっと盲信してきた国民の割に、たった半日で家の中のカオスを払拭しようとするその女性への反発は凄まじすぎる。個人的には、本は捨てていいかどうかで議論する以前に、もっと読まれるべきだと訴えたいです。

著者 : 近藤麻理恵
出版社 : サンマーク出版
Noisette Press 51号 (2019/02)

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