紳士のファッションはもはや過去の話?

19世紀のフランスは、半分個性的な帽子と半分戦略の秀才で知られたナポレオンの遠征で始まり、ごく短い革命とトラウマ的な敗北を経て第一次世界大戦まで続く平和な時期である「ベル・エポック」で終わる。その間にドラクロワの名作で描かれたように、自由の女神に導かれた民衆は階級社会の枠を壊そうとする一方、ゾラが小説で描写されたように科学や技術はかつてないほど早いテンポで進歩を取り遂げる。多種多様な分野で、変化多き世紀である。

そんな疾風怒濤な時代に以前よりしっかり成立されたのはいわゆる英国紳士の真髄である「男」の美意識だ。とりわけダンディズム。社会が決めたレールに沿って一度しかない人生を歩むのは何より勘弁だというダンディー達は、常軌を逸した発言をしたり、当時の礼儀作法を無視したりして自分の好きなふうに振る舞う。自分が他の人と違うアピールをするために、硬直化したファッションを徹底的にカスタマイズし、スーツの布や靴の紐にまでこだわるが、それは今後の「男」のファッションにとんでもない影響を与えることになるのだ。現代でいうと、彼らは「シャレ乙」と「頑固ジジ」の合間くらいにカテゴライズされるような気がしなくもないが。

ダンディズムの先駆者はイギリス出身の人が多かったが、清教徒な社会に排斥されたせいで最終的に皆は海を渡り、ボードレールなどフランスの豪奢と交流をもつ。元々ダンディーというのは身なり以外に知恵の満ちた言葉遣いや行儀に非常に気を使い、服装だけではなく話術のセンスで目立とうとしていたが、今は男性誌を見る限り「高級な物を身につける消費者」の同類語になってる。

ただし現代社会ではキャッシュレスが進み、在宅勤務も促されるようになった。誰も現金を使わなくなったら高級な財布は売れるのだろうか?わざわざ会社まで足を運ぶ必要もなければスーツよりカジュアルな格好を選ぶ男は何割でしょうか?男性誌が理想にした見ため重視のダンディーがなくなり、代わりにどんな男像が描かれるのかはわからないが、スーツの値段で男の価値が決まる時代は終わっても、とにかく明るい安村より泣くのは青山の洋服屋だろう。

著者 : 中野香織
出版社 : 新潮選書
Noisette Press 70号 (2019/11)

 

コメントを残す

Tendances