
バカロレアに受かってこそ大人
夏と言われた時に、まず何を思い浮かべるかは人それぞれである。
子供やギャルはきっと青い海と太陽を連想し、アイスかかき氷を食べている自分の姿を描き、すぐはしゃぎ出すだろう。パリジェンヌならば、日差しのことを思って公園やプールサイドで早く日焼けがしたいと呟きそうだが、たいていの日本人女性は逆に、早く日焼け止めを塗らないと嫌ですとすぐ焦るだろう。学生さんにはとにかく夏イコール休みなので、きっと異性とのデートや単純に現実逃避のプランを頭の片隅でひたすら考えるでしょう。一方、会社員や池井戸潤の作品によく出てくる労働者はどうせクールビズなど暑さ対策で苦労するから、夏の到来こそ最悪かも。
しかし夏が来るのを最も恐れているのはおそらくフランス人の高校三年生であるに違いはない。なぜかというと入学試験のないフランスでは、学期末である6月下旬に高校卒業試験があり、それに合格しない限りに大学には入れないから。そのいわゆるバカロレアという試験はただのテストだけではなく、今後の人生を左右する最重要な試練である。おまけにフランスでは成人式もない訳で、だいたい成人年齢を迎える年に高校を卒業するので、卒業したことで成人になるという風に意識される中で、その試験に落ちた者は、自分が一人前の大人ではないと思い込み、自尊心に傷を負うリスクがある。
しかも小さな頃から耳にタコができるぐらいその試験はどのくらい重要なのかを親や先生たちから散々聞いてるので、18歳の夏が迫れば迫るほど、自信家の優等生以外に誰もが緊張し誰もが焦る。その分、受かった時の喜びは言葉にならない程なので、結果が発表された時は革命記念日の花火の騒音に負けないくらいに高校生は馬鹿騒ぎをする。ところで、フランソワーズ・サガンのデビュ作である『悲しみよこんにちは』のヒロインのセシルはバカロレアに落ちた設定で始まる。もし彼女が合格していれば、きっとそんな波乱万丈な夏を過ごさなかったし、そもそも題名も変わっていただろう。ただしそのフランス文学の傑作を読むと「失敗してもいいこともあるなぁ」という印象を受けてしまう。ちょうど今、全国の高校生が一生懸命にがんばってるこの時期に、それは一番ダメで、同時に一番大事なメッセージかも。
著者 : フランソワーズ・サガン (河野万里子/訳)
出版社 : 新潮文庫
Noisette Press 66号 (2019/07)




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