基本的にフランス人はなんちゃらかんちゃらというふうな、胡散臭い題名の本は読む気にならないですが、今回はキャッチーなタイトルのせいか『フランス人は10着しか服を持たない』という、80万部以上に売れたエッセイを購入せずにはいられなかったです。 

読書が趣味の方にはきっと共感してもらえると思いますが、本を読み終えるとたまには後味というか自分の中で何かが響いてることを感じたりしますよね?
実はこの本の場合はですね、
読んだ後はともかく、読む前からもそうですし、読みながらもずっと・・・
「なんで買ったんだろ」という疑問を感じさせられるんですよ。
なかなかの体験ですが、まぁそれは置いときましょう。

出版された時は割と話題になったのでフランスと縁のある人はきっとその本のことはご存知でしょう。ただし今まで聞いたことなかった人は誤解しないでください。

その本は文学的に決して優れた作品ではないし、フランス人をネタにしてるからとはいえシラク元大統領の隠し子やマクロン大統領の性癖に対してとんでもないことを暴露してるからでもないです。
話題になったのはタイトルのおかげです。

それ以上でもそれ以下でもない。

そして結論から言うとその本を読む価値は全くないですが、(せっかく買ったので)もう少し話したいと思います。

パリで貴族の末裔とたった半年過ごしただけでフランスを語るアメリカン女子

まずどんな本なのかを簡単に紹介すると、ある典型的なカリフォルニアガールが交換留学でパリに来て裕福な家庭でホームスティをするという話です。

アメリカの地元から随分離れたこの街で時には異文化を感じたり時には衝撃を受けたりした彼女は帰国後、自分の留学生活を振り返りながら読者にライフスタイルについてのアドバイスを提供する形なので内容的には、半分自己啓発書であり、半分旅日記風のコンテンツもあります。

元々彼女は自分のブログにネタを一個ずつアップしていたそうですが、予想外なことにすっかり人気になってしまい、ある出版社から発行の話をもらったという。そういう流れで米国に限らず日本でもベストセラーになりました。

さて、パリっ子のような暮らし方の秘訣を掴んだという彼女は一体どんな本を書いたのか一緒にクローズアップしてみましょう。

少々現実離れした設定

タイトルをはじめ、ツッコミどころ満載の作品だと根っから言うと、その本を読み終えた途端にパリ行きの航空券を買ってしまった人にはきっと怒られるだろう。しかしはっきり言ってパリなどに一度も来たことがない上、フランスという国を映画やテレビでしか見たことない人がその本に目を通してしまったら、フランス人に対して恐ろしいイメージを持ってしまうことになるだろう。

なぜかというと、作者がホームステイしていた家の家族(マダム・シック、ムッシュー・シックとその23歳の息子)はかなりブルジョワの方で、経済的に恵まれているだけではなく、16区というパリの高級エリアで立派な邸宅を持っていてほぼ昔の貴族風に生活してるからだ。そんな異常な立場からフランス人の一般的な日常を語るにはさすがに無理があります。

分かりやすく言えば、ハンバーガー三昧のアメリカの田舎っぺが、急に青山在住の億万長者らと共に日々を送ることになったら、当然、地方のどこかの小さな村でそこそこと地味に頑張っている庶民と違う生活っぷりになるだろう。それでもいちいち「日本人は・・・」「日本人は・・・」とまるで自分が日本人の生き方を分かりきった風に語り出したら間違いなく滑稽にされるだろう。極論だとは承知しておりますが、一応今回の本で描かれたパリジャンライフもあんまりにも現実離れしてますから、まずそこをしっかり確認しとかないとおっかない勘違いを招きそうです。

なんせ(俺をはじめ)フランス人は普段、フルコースの全5皿で夕食を取ったり、古いレコードプレーヤーでクラシックを聞いたりして、シルクパジャマの質までこだわってしまうほどに優雅に生きる民族ではないと、余裕で断言できますから。

バケモノ並の食欲で知られる巨人のガルガンチュア

美食家の道を歩むなら間食はするな

無理のある設定だとはいえ、作者が取り上げてるエピソードの中で共有できる部分も意外とありました。まず一番グッと来たのは食事をめぐる逸話です。

作者は母国にいた頃いつも適当に食べてた一方、フランス人は決まった時間に家族を揃ってテーブルを囲んで食事をするのを見ると驚きを覚えたという。そこは言えてるかもしれません。ご飯の時にどんな料理が出るのかは結局のところその家の金銭的な事情によって決まるんですけれども「食事タイム」を大事にする傾向はフランスのどこの家でもみられるのではないかと思います。

日本の場合は例えばリビングを歩きながらオニギリをかぶりつく中学生がいたら、その親にきっと「ちゃんと座って食べなさい」と叱られると同様に、フランス人は食べ歩いたり、適当につまんだり、立ち食い・早食いしたりすると行儀が悪いと思われるし、何よりこれは料理と料理を出してくれた人に対して失礼な行為になります。

作者が他に主張するように間食も絶対にダメだとフランス人は小さい時から叩き込まれます。
ここは礼儀だけではなく健康的な要素も絡んでくるのは一目瞭然。

カリフォルニア出身の彼女は昔テレビ前でだらけていた時に必ず駄菓子やポテチを暴食してたという。一方、こっちに来たら間食をしないでご飯の時だけしっかりがっつり食べた方がいいと意識させられ、いやいやながらも彼女は大好きなポテチに別れを告げた。まぁ肥満率半端ないアメリカ合衆国出身の人はそこで新鮮味を感じたら無理はないですが、世界一健康的だと言われる食生活を送る日本人はそれを読んでもちっとも感心しないだろう。

それに言うまでもないですが、フランス人も全員間食に対して同じくらいに厳しい訳ではないです。実家の隣のおばさんはわりとふくよかな体型の持ち主でしたが、異常なヌテラ欲に駆られ「夜中でも直接スプーンで食べちゃう」こともあると妙に自慢げに語ってたことは鮮明に覚えてます。間食はダメだと耳にタコができるほど言われるフランス人でも、何か軽くつまみたい時はアメリカンスタイルでその誘惑に負けてしまう人もいるということですね。 

10秒飯的な商品は食習慣の変化を語る

朝食前に着替えるのがフランス人の良い1日のポイント

少なくとも作者はそう言い張ってます。
朝飯を食べる前にシャワーをちゃんと済ませてスマートに着替える人はさすがにいなくもないと思いますが、大抵の人が起きたら速攻お水を飲んだりコーヒーを淹れたりパンにバターやジャムを塗ってなんか食べたりするような気がします。

なぜかというと・・・誰もが朝はだるいですから。

人間が一番怠けがちな時間帯で、特に学校や仕事などで悩む人はできるだけ早くスーツなどに着替えたいのではなく、逆にパジャマのままでのんびりしたいのではないかと。例のマダム・シックはどんなスパルタ教育を受けてきたのかがわからないですが、僕が思うにあの夫人は自分にかなり厳しいだけで、同様に朝を過ごしてるフランス人は少数派のような気がします。

それにその本が紹介されるフレンチブレックファーストは一体どんな人が食べるのかも疑問です。フィガロ紙のパリ特集が作り上げるイメージに反してフランス人はクロワッサンなどパン類を朝食べるのはせいぜい休日ぐらい。それを食べないと1日がスタートする気がしないというフランス人はわがままのヒモか、小麦に依存してるかのどっちかだと思います。基本的には前の日に買ったバゲットの残りをタルティーヌにする他、フルーツ、或いはヨーグルト系を食べます。焼きたてのパン・オ・ショコラは珍しい。当然、白米に納豆はもっとレア。

面倒がらずに体を動かす」のが健康な日常生活の秘訣?

パリジャン達の食生活や食習慣に触れた後、作者はどうしてフランス人は(アメリカ人と比べて)そんなに痩せているのかと問いかけ、きっとそれは毎日無意識に運動させられるからだろうという答えを出す。

歴史の長いパリでは非常に古い建物がたくさん残されている。そういう古いマンションには当然、エレベーターがほとんど設置されてないのでフランス人というかパリに住んでいる人は普段しょっちゅう階段を登ったり下ったりするハメになる。それに東京やアメリカの大都会と比べたら、面積が比較的に狭いパリにいると何の苦もなく簡単にあちこち歩いていける訳で、結局パリジェンヌ達が体型をキープできるのはエスカレーターや車にいちいち頼らないでたくさん歩いてるからだと満足げに作者が語る。

それだけではない。パリジェンヌのように暮らすテクニックの一つとしては家事を運動の延長に考えることが挙げられているし、家事をしたがらぬ人には踊ることがオススメされます。まさにルンバかズンバかという二者択一ですね。

ソルドが始まる日に全国に見られる風景 (イメージ)

十着のワードローブ?ぶっちゃけ十分のはず。

フランス人の美化された「食生活」や「振る舞い方」についてべらべら喋られた後、もう少し具体性のあるネタにするだろうと思いきや「ノーメイク風のメイクの仕方」や「自分に合うヘアスタイルの選び方」など作者は異常な熱を込めてどうでもいいネタを次から次へと取り上げていく。

あー!もうすこしで見えてくるんですよ、皆さんが気になってここまで読んでくれた疑問の答えが。

なんと・・・パリで滞在してる間に彼女を一番驚かせたのはフランス人の器?いや、クローゼットの小ささだという。

彼女曰くアメリカでは同じ服を同じ週で二回着るのは非常に恥ずかしいことなので、アメリカ人は山ほどの服を持ってるらしい。一方パリでは割と高い頻度で同じ洋服を着る人がほとんどだと気づいたらとても不思議に思ったみたい。なぜだろうとステイ先のマダムに聞いたら安い服を大量に持ってることよりきちんと選ばれた長持ちするものだけをいくつか持った方が絶対にいいと言われる。洋服の質が高ければ高いほど着心地がよくなるし、持ってる服の数は限られてるならば部屋も片付けやすいというメリットを挙げられる。

洋服の面に関して自分は割とミニマリストなのでそのマダムの言うことに賛成する他ないですが、他のフランス人も全員「量」より「質」を選んでると言ったらさすがに嘘になると思います。実際に周りをみれば、バーゲンになると中国人の観光客に負けぬ勢いで爆買いする親戚や友達も少なくないです。靴を50足以上に持った女性もいれば、会うたびにド派手な色の服で頭から足まで格好を決めてる男もいる。異常なケースだと信じたいところですが、物質主義が主流になったこんなご時世ですから。

それより作者のいう「10着」は実際に10個のアンサンブルに相当する訳で、つまりフランス人が洋服を10着しか持ってないという意味ではなく、トップスとボトムスを各10着ずつしか持っていないという主張になります。

一週間にはたった7日間だけしかないのに、これ以上に洋服を持つ必要は本当にあるのかと逆にこっちから聞きたいところです。

最終的にやっぱり「量」より「質」を選んだ方がいいという作者の訴えには全く同意見ですが、ちょうど今この文章を書いている時に、フランス人の自分は決して人に見せるような格好をしてないので若干恥ずかしいなぁ。

以上。

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